AIの脅威がしきりに叫ばれる昨今ですが、私のような小さな個人塾の現場では、AIは大手塾に負けないための心強い相棒となっています。
例えば、授業の準備です。扱いたい単元、生徒たちの学力や雰囲気、そして自分が大切にしたいポイントなどをAIに伝え、対話を重ねながら教え方や板書のアイデアをもらっています。いくつかのAIから出てきた提案の良いところをピックアップして授業に活かすことで、指導の引き出しがぐっと広がりました。 授業だけでなく、複雑な成績処理システムの作成や業務の効率化など、まるで有能な秘書のように手助けしてくれています。
ただ、どれほど便利になっても忘れてならないのは、「AIは間違える」ということです。だからこそ、最終的な確認や判断は必ず人間が行うようにしています。 作業をする際には複数のAIを使い比べ、さらにネットなどで裏付けをとる。これが私のルールです。AIはあくまで過去の情報から答えを導き出しているに過ぎません。そもそも最初の前提条件が間違っていれば、そこから出てくる答えも当然狂ってしまいます。
「AIが人類を滅亡に導く」なんて話を聞くと、弱者が強者に対抗するための便利なツールとして使っているうちはいいけれど、その延長線上に本当に悲惨な結末が待っているとしたら……と、ふと考えさせられます。
とはいえ、一度世に出てしまった技術は、もう後戻りしません。核兵器の危険性が叫ばれながらも決してなくならないのと同じように。 ただ、核兵器と大きく違うのは、AIは一部の機関が厳重に管理しているものではなく、誰もが日常的に、あまりにも手軽に使えてしまうという点です。
私たちはもしかすると、知らず知らずのうちに、核兵器に匹敵するような圧倒的な力を日常のなかに野放しにしているのかもしれません。 ――これが、単なる私の思い過ごしであればいいのですが。

